事例紹介

ミス防止に”チェック”は重要だが、本来は不要
~ チェックは目的ではない ~

人的ミス防止策としての、チェック業務

第三者の目で見る重要性

「人がやることは、程度の差こそあれ、必ず間違う」視点

情報システム開発の業界では、「レビュー」という行為が重視されます。

これは、ある人が設計/設定した内容を、複数の第三者の目、即ち異なる視点からチェックすることで、間違いを未然に防止しようとするものです。

何だそれだけか、と思われるかも知れませんが、これにより設計段階での間違いの多くは潰され、テスト検証の甘さも未然に防止することができるので、馬鹿にはできません。

几帳面な人がやれば、ミスはほとんど起きないかも知れませんが、あくまで「ほとんど」であり、0にはならないため、こうした「人的な対応」が案外有効です。

 

人がやる作業だからこそ、人がチェックする!?

どうように、どこの組織でも「上長がチェックする」「仲間が確認する」といった発想は存在します。

チェックもしないでやりっ放しになることを思えば、とても重要な文化です。

しかし、これが行き過ぎると、「自分が責任を取りたくないので、他人に回す」だけの行為に墜ちてしまいます。

はんこを押す欄が10個以上ある稟議書を見ると、誰が最終責任者なのかと疑ってしまいます。

このように、「ミスを防止する」という建前で責任回避が始まると、至る所に「チェック業務」が増え始めます。

 

チェックは目的か?

よくある手段の目的化の典型例

思考が停止した組織によくあるのが、手段の目的化です。

なぜそれをする必要があるのか、誰も応えられないのに、「ルールだから」という理由で行われる業務が多いと自覚があれば、こうした「思考停止組織」の疑いがあります。

 

チェックを無くす発想

なぜチェックが必要か?という疑問

まず疑ってみよう

Excelで大量の売上数値を転記し、その結果を誰かがチェックする業務を考えて見ましょう。

ここでミスが起こる原因として考えられそうなのは「数が多いから」「Excelに入れるとき、全角/半角が切り替わらない」「式の設定が間違っている」「一部だけ式が値になっている」・・・といったところでしょうか?

この売上数値が請求書につながる場合は、対外的な信用もあるので、確かにミスは許されません。この「ミスを発生させない」のが本来の理由ですが、そのために何故「チェックである必要」があるのでしょうか?

別の言い方をすれば、ミスを無くせれば、チェックは必要でしょうか?

 

情報システム的発想は、「ミスを出させない」しくみ作り

情報システムを長年手がけていると、「チェックを自動化する」以前に、「間違おうとしても、間違った登録ができないようにできないか」の方向に関心が向きます。

Excel入力の例でいえば、「そもそも手入力せず、データを読み込めないか」「手入力せざるを得ない場合、IMEを自動的に切替えて、入力時点でエラーチェックができないか」「式が入っている箇所は上書きできない保護ができないか」・・・という発想になります。

過去に手がけたケースでは、ほぼ大半がこの発想で入力ミスを0に近づけることができ、その結果「チェックが不要なシステム」を実現しています。

もちろん、当該業務に稟議は不要で、そのまま最終工程までほぼ1人でこなせるように、できています。